主婦する25女

25歳、超ゆるキャリワーキングママです。

キラキラできないワーママの葛藤

 

「輝くママ」「キラキラワーキングマザー」

こういった言葉でメディアに登場する女性たちの存在が、いまの私にはまぶしすぎる。

 

一流企業でやりがいのある仕事をしていて会社からも必要とされていて、家事育児に協力的な夫がいて、なんか家もきれいで、子どもの食事は(作り置きという時短テクも駆使しながら)もちろん手づくりです…みたいな完璧な「働く母」って、この世のなかにはいるんですよね〜。都市伝説とかではなくたしかに存在しているんだけど、なんていうか、ほんとまぶしすぎる。

 

こういうキラキラワーママって、働く母の何%くらいなんだろーって考えたら、多分かなり限られた世界のお話だと思ってて。

 

雑誌なんかに取り上げられることもない、普通の働く母って、多分そんなにやりがいのある仕事は続けられてないし(産休育休終えて不本意な仕事に変わった人も多いはず)、家の中は洗濯物やら食器洗いがどんどんたまってて、夫にも会社にも「働かせてあげてるんだよ」ってスタンスの中で、お金とかその他それぞれいろんな理由で日々淡々と仕事と家事育児をこなしてるんじゃないでしょうか。

 

私はもちろん「普通の母」なんですが、前者のようなキラキラワーママをメディアで見ると心に希望をともすと同時にある種の怖さも感じてしまう。

 

子どもがいながら働くってことは、子どもとの時間を犠牲にしてまでもやりたいと心底思えるような(また夫にもそう納得させられるような)仕事じゃないと続ける意味がないんじゃないか、会社に大きな利益をもたらす人間じゃないと働く意味ないんじゃないか、そういうことができない人はワーキングママなんて名乗る資格ないんじゃないか…と思ってしまったりするわけです。

 

光を浴びてるワーママがあまりにもまぶしすぎて、誰にでもできるような仕事を淡々と細々とやってる自分って何だろう、と思わずにはいられない。

 

いまやってる仕事はたしかに単純作業みたいなものかもしれないけど、私はいつかやりたい仕事につながるきっかけになると思ってるから続けている。保育園から電話があればすっとんで帰らなきゃいけないし、仕事終わったらすぐママモードで冷蔵庫の中身をぐるぐる思い出したりしているわけですが、いまはセーブしててもいつかやりたいことをやるための期間なんだと思って、なんでもない普通の働く母をやってるわけです。

 

キラキラワーママの存在が、働く母だけでなくこれからワーママとしてがんばろうと思う女性や女子学生を鼓舞しているのは確かな事実でしょう。

 

でもその一方で、働く妻をもつパパのなかには「おいおい世のワーママはこんなに仕事もがんばって家事育児も手を抜かず両立してるじゃないか、それに比べてうちの嫁はなんだ。たいした給料も持ってこずたいした仕事もしてないのに疲れた疲れたって…」とか思う人もいるのでは。

 

これは超怖いです。同じ女性だから、妻と母と働く自分(と、ついでに美)を保つのはすごくすごく難しいしめちゃくちゃ努力しなきゃ成り立たないって分かる。そういうとんでもない努力をしてやっと成り立つ「キラキラワーママ」をスタンダードに考えるのは、いろんな場面でいろんな人を苦しませちゃう危険がある気がします。

 

夫の収入だけでも家計はやっていけるけど、仕事してる自分も保ってたいと思ってるようなママさんが働きに出る出ないの家庭内論争が勃発した時、夫のなかのワーママイメージが「キラキラワーママ」だと困るんです。キラキラさせるだけ夫が仕事しながら協力するのも、やっぱりすごく大変なことだからね。

 

でも、みんながみんな、そんなすごい母にならなくていいんじゃないかなあ。

どんな輝かしい経歴で、いまどんだけ充実してますよって姿より、いろんな葛藤抱えながら必死にもがきながら働く母の姿のほうがリアルだし圧倒的大多数だと思う。

 

東洋経済さんか日経ウーマンさんあたりで、キラキラできない母の声とか連載どうでしょう。キラキラママの姿と同じくらい、普通の働くママをある意味元気づけ勇気づけ、夫たちの理解を促すんじゃないでしょうか。

 

編集ご担当者様、もしよろしければご検討くださいませ。

 

おしまい。