爽やか嫌悪
爽やかな人が苦手だ。
微笑みを絶やさず、嫌味のない会話を展開しいつもまわりに気を配っている。そんな人が苦手で、困っているという話をする。
先日、家族で参加したバーベキューがあった。夫の友人が主催しており、みなそれぞれの妻や子を伴って参加していた。
私はただでさえアウトドアが苦手な上に、幼子からは目を離せず、さらには夫の交友関係に飛び込んでいかねばならないという、大変ハードルの高い集いであった。
数日前から胃が痛んだ。
今回参加するメンバーにはそれぞれ何度か会った事があるが、みなまっとうで健全で、いい人であり、爽やかなのである。
まだそれほど付き合いのない私にも、感じよく接してくれる。
〜の奥さん、という立場は、無条件に人から大切にされるものなのだろうか。私との少ない共通項をそつなく見つけ、私が話せる内容で会話を展開し、子を褒め、いい気分にさせてくれた。
いい気分になっているはずだった。
だが実際はそうではなかった。心がむずむずと騒ぐのである。
この、誰も傷つけない、誰の心も震わせない、みんながみんな一様に穏やかなこの空間が、どうしようもなく耐えられないのである。美しすぎる世界に息がつまりそうになる。
穏やかで、スマートで、知的で、洗練された世界。吐きそうになる。めちゃくちゃくだらない事を言いたくなる。めちゃくちゃゲスい話をしたくなる。
悪い癖だ。どう考えても悪い癖だ。
〜とはどこで知り合ったの?
家事とか、大変でしょう
お子さん今何歳?
わあ、お絵書きが上手なんだね
私もほほえみながら、答える。
ええ、お友達を介してちょっと
いえいえ、まだまだできない事も多くて。教えてほしいです
今2歳なんです、もう、やんちゃで
ふふふ、子どもの絵って癒やされますよね
テンプレだ。どっかで聞いたことのあるような、誰かが言っていたような。
流れている空気のいちばん表面を美しく滑っていく会話である。滞りなく、よどみなく。
今まで寝た男の話や、先日行った合コンの話、思春期にクソみたいな反抗をしてた話、水商売をやってた話、そして今この空間に耐えられずタバコを吸いたいという話を、ぐっと、ぐっと、ぐっと飲み込む。
そしてほほえみ、空気の表面をつるつる滑走していく言葉をえらび、やさしく放つ。
空気を壊さぬよう、夫のメンツをこわさぬよう、破壊衝動と戦っているのである。
バーベキュー当日は、下手な発言をしないようにせねばならない、と何度も自分に言い聞かせていた。
結果、ほとんど喋らなかった。口を開くと「ちんこ」とか言ってしまいそうで、ずっとにこにこしていた。
爽やかな空気は相変わらずで、大変感じの良い会だった。爽やか度があがればあがるほど(子を愛でたり、夫婦の仲良しトークなど)、やはり私の破壊衝動も比例してあがっていき、口の先、前歯の裏あたりまで何度か「ちんこ」という言葉がでてきたが、ぐっと「ちんこ」を飲み込み微笑み続けた。
気の利く奥さんだとか、いい奥さんという評価をえるほどではなかったと思うが、一応「〜の奥さん」というポジションに無事着地できたと思う。「下品な人」にならなくてよかった。耐えられてよかった。
家に帰ると疲れ果てていたが、最後の気力を振り絞って男友達にLINEした。「ちんこ」とだけ送って眠りにつき、翌朝には「おい」という2文字が返ってきていた。
これでいい。すこし疲れがとれていた。