主婦する25女

25歳、超ゆるキャリワーキングママです。

内田樹氏の「いい夫」観が秀逸すぎた話

お久しぶりの投稿です。

最近読んだ本で内田樹氏の言葉にグッときたのでメモを。

三砂ちづる女史との対談形式の本「身体知ー身体が教えてくれること」という本のなかに、結婚についてさらっと触れている箇所がありました。

 

子曰く、いい夫とは、こだわりがない男性だそうです。

こだわりがなく、妻がああするこうする言うことに

「いいんじゃない」と言える男性。

パートしてみたいとか、NPOに参加してみたいとか

そういうことにいちいちNOを言わない、否定しない男性。

 

たしかに、と思いました。

 

結婚すると不思議なもので、女性も男性も、多くの「べき」を基準に生活してしまう。

ごはんは毎日一緒に食べるべき?

家族は当然一緒の家で住むべき?

おはよう、ありがとう、愛してる、は欠かさず言うべき?

 

その多くの「べき」って、よく掘り下げてみると自分自身のほんとの価値観ではない事も多いんじゃないかと思うんですよ。

雑誌に書いてたとか、友人先輩の誰それが言ってたとか、いちばん大きいのは、自分が育った家庭ですかね、うちの父はこうしてたうちの母がこうしてた・・・とか。

 

だけど、そのあたりの価値観が自分(自分の家族)に全部当てはまるわけではないんですよねえ。自分にとって何が大事になんだっけって、自分の感覚に敏感になってないともうわけがわからなくなる。自分の家族、夫婦にとっての正解なんて、どんだけググっても出てこないわけでしょ。

 

なにが気持ちいいんだっけ、なにが許せないんだっけって、面倒な確認作業を、日々ていねいにやっていくことが大事な気がします。

 

で、話を戻すと、樹氏推薦の「こだわりがない人」ってのは

この「べき」が少ない人とも言えるんじゃないかと思うわけです。

 

女ならそんな働き方しないとか

男は普通そんなことしないとか

そういうたぐいの「べき」が少ない人って、楽ですよねえ

 

自分が自由に生きてるから、他人の自由も許容できる。

樹氏は文脈の流れで「いい夫」として定義してましたが

これはもちろん「いい妻」にも当てはまるんではないかと

わたし個人的は考えてます。

 

今どきみんな旦那さんも家事育児やって当然よ(だから手伝わないあなたは間違ってる)とか、結婚したならうちの実家とも仲良くするべきよとか。

 

「べき」の基準は人それぞれですが、生きてく上でしょうもない「べき」はないほうが楽です。人生へのスタンスとか、仕事への情熱とか、自分軸で考えてこれだって分野にこだわりがあるのは素敵なんですが、よくわからない基準でべきべき言う人はしんどいですねー まわりが〜とか普通は〜とか言われても、腑に落ちませんし。

 

まあ、そういう誰かが提示する価値観に自分の幸せを照らし合わせて生きてるほうが楽って人もいるんですけどね。考えなくていいわけですから。

だけどまあ個人的には、いろんなものを取っ払った自分の感覚で快不快を決められる、自分でいたいなとおもうわけです。

 

このへんの感覚がしっかりしてる人は、むだな「べき」が減っていくんじゃないかしら。わたしなんぞまだ価値観もぶれぶれの若造なんですが、自分の感覚にそった「べき」以外はどうでもいいよそれと言える人でありたいなと思いましたん。

 

まとまってないですが、おしまい。